久しぶりの上高地

山に行っている頃は、上高地からの出発が多く、よく行ってましたが、久しぶりの上高地でした。河童橋から梓川の徳沢までの右岸と左岸および大正池をゆっくり散策した。



インテリア置物を初めて造った

 将棋駒や四本脚駒台の作成を頼まれた知人から、インテリアを頼まれた。
 知人はケヤキ原木市場の社長だが、在庫で玉模様の年輪が付いた材料(金額が高いらしい)提供で、希望の熟語を彫ってくれと言われた。彫るのに相当緊張したが、女房の書が良くて、結構自己満足をしている。




ニコンD60を購入

今まで使っていたニコン一眼レフカメラはD70なのだが、どうして新しいのがD60と番号が下がってしまうのか不思議ではある。
 D60の価格は、前機種D70の半分なので、番号が下がったのは廉価版ということになるのかな? 



親戚に頼まれた子どもの名前

 親戚が、私の孫の彫刻を見て、「自分の子どもにも造って」と頼まれた作品です。
 その親戚は山が好きで、子どもの名前にも反映しているのであろう。そこで、彫刻の素材の形状を山あり谷ありにした。
 そういえば、私も山が好きで女房とテント担いでアルプスは大分行った。子どもが半年くらいの時に背負ったり、中学生時代に、アルプスに連れて行ったことも数回ある。



中国桂林

中国は仕事で10回以上、個人旅行で3回訪れているが、初めての桂林。海外は何十回と行っているが、桂林で初めて財布を置き忘れて、免許証・現金・クレジットカードを紛失し、女房に笑われた。

バスの中で上半身に新聞紙を巻いて保温した棚田は日本の棚田規模と違って立派でしたが、カメラがびしゃびしゃになるほどの爆雨で写真がその立派さを表していない。

この絵はなんだかわからないと思いますが、桂林の鍾乳洞内の盧笛岩で、鍾乳洞をライトで照らして、前の水面に反射しています。
私は山口県の秋吉台鍾乳洞に行って、その立派さに驚 いたのですが、それと比較しますと秋吉台はまだ赤ちゃん、桂林は規模や歴史から見て成熟した大人で驚愕した光景でした。

大きな岩につまずいてひっくり返るアクシデントがあった。七つ星公園でもパンダの前にカメラのレンズカバーを落としてしまい、拾うのにパンダを人参で動かしたり、職員が長い時間かかって確保した。これでトラブルメーカーの悪名をいただいた。

有名な漓江の川下り、案内のパンフレットの方が夢をかき立てるかなと思ったが、墨絵の世界を4時間楽しんだ。何回もきたことのある人のはなしでは「霧が山にかぶって今までの最高」と言っていた。
 今回の旅行は6日間の旅でした。わたしは個人旅行がメインだが、今回はめずらしく24名のツアーで、結構たくさんの人と話が出来て楽しいものであった。

翌日は龍勝の棚田見物、40分かけて山へ登って棚田を見るのだが、同行のガイドの話だと「まれに見る爆雨」、最初から行かない人が30%も

いる中で女房とがんばった。カッパを購入して持参の傘をさしても、購入したカッパが首に大きな穴がいていて上半身までびしゃびしゃだった。



孫の名前2作目

 孫も笑顔を見せるようになり、だんだん可愛らしさを見せてきた。
 そこで、やることもないので、書体は同じだが2作目の響(孫の名前)を創り、インテリアとして壁に飾った。
 他人は孫の話は興味外だと思うが、爺馬鹿チャンリンですよね!



かまぼこ彫りで看板制作

 親戚が不動産業を開店した。名刺や封筒に使うシンボルマークのロゴデザインとそれと同じの看板制作の依頼があり女房との合作ではあるが作った。
 看板サイズは、W950mm、H450mmで、素材はイチョウを使い、かまぼこ彫りに代用漆、木彫りオイルで仕上げた。
 彫りは将棋駒など薬研彫りの経験あるが、あちこちの看板をみて歩き、一般的なかまぼこ彫りにしたが、今一歩の出来である。



孫の命名を彫ってみた

孫の母親から命名の字を頼まれて女房が書いたので、それを彫刻してみた。
 高さ450mm、幅400mm、厚さ35mmのイチョウの木に、かまぼこ彫りで、代用漆を使い、オイルフィニッシュで仕上げた。
 数日後のお宮参りで渡すのだが、子どもたちが喜んでくれると良いのだが?




2007年 私的五大ニュース

将棋駒作りで、錦旗2組・水無瀬・王義之・巻菱湖の5組を作成した。他作もあり彫刻三昧の年
4年間の自治会会長を辞し、有給の事務局として、新任の正副自治会長の援助をし、すっきりの年
母親の25回忌、父親の17回忌に法事を行い、記念に兄弟の生長記録と家系図を冊子にした。
日曜大工として、注文のTV台、仏壇、自分の位牌、ベランダの床の張り替えと屋根、間仕切りなど。
旅行の少ない年で、5日間の北陸と久しぶりの山行きのみであった。他の趣味で忙しかったのかな?
おまけ女房は書の再開とその熱中、白内障で両目の手術をした。




冬の北陸

京都に行く予定であったが、同行者が腰をおかしくして急遽近い北陸に変更になった。岐阜県白川郷、金沢兼六公園、富山黒部トロッコなどだが、上田の無言館では、戦争の厳しさを実感した。
初日の白川郷は初めてだが、外国人、特にアジア圏の多いのには驚いた。集落の民泊だったが、そこでも半数が外国人で、夕食などはインターナショナルディナーになった。
日本人では写真を撮る人が多く、見晴台ではカメラが一杯でした。雪景色では写真映えがするだろうなと思った。
お土産品はほとんどが高山産だったのにはがっかりした。

2日目は金沢兼六園で女房は初めてだが、私は出張の合間に見たので3回目になる。公園としては、特別良いというわけでは無いが、金沢はあまり見るところが無くここだけが金沢で光っている場所だと、前から思っている。

白川スーパー林道も雪で通過できず、金沢では雨に降られてゆっくり見物も出来ず、金沢城址公園も予定に入っていたが、いけなかった。
 金沢駅前のファミリーレストランで昼食を取り、宿泊先の宇奈月温泉に向かうが、満足感を味わえなかった金沢であった。

3日目は黒部峡谷鉄道で欅平までの紅葉見物の予定だが、標高が低いのにもかかわらず、もう赤が無くなり黄色ばっかりではあったが、乗客達と一緒に「きれい」の連発でした。

10年前に長野県側から黒四ダム経由で剣岳を女房と登山したことがあり、日本海側からアプローチするコースで人気のあるトロッコ電車に乗ってみたかったのだ。
 15年ほど前も長野県側から白馬山も登山したが、日本海側から白馬を目指すのは大変だと理解できた。