メディア支配その歴史と構造を読んだ

松田浩著「メディア支配その歴史と構造」を読んだ。今は佐伯泰英の長編娯楽小説「密命シリーズ」を読書中に、気分転換に難い本は、政権によるメディア支配の歴史と構造とかたいのでなかなか進まない。
権力を監視する番犬の役目をするメディアが権力から許諾を盾に監視され権力のパートナー犬になっている実態が如実に描かれていた。主要国の中で政府が放送行政の全権を握っているのは日本とロシアだけだそうだ。



播州平野を読んだ

宮本百合子の播州平野を読んだ。50年以上も前、世の中が政治的に変わるんだという雰囲気の中で、読んだのが最初であるが、内容はそっくり忘れていたので新鮮な気持ちで読むことができた。
宮本顕治の獄中時代、社会情勢を百合子の観点から描写し、夫の宮本顕治を慕う妻百合子の心の動きが表現されている。最後は寸断された交通網の中で、釈放された賢治に播州平野を東上し、夫に会いに行く馬車の行程が印象的である。



三国志を読んだ

多分、二回目だとは思うが、三国志を読み終わった。時間のある時だけだが、三ヶ月弱もかかった。
知恵と戦いの連続だが、人物の機微、性格、忠誠と裏切り、想像できない腕力などが多彩で飽きさせない歴史小説であった。さあ、次はなにを読もうか?もう思索中である。



韓国のたたかう新聞 ハンギョレ

伊藤千尋のB5版70頁の短い本だが、韓国の「たたかう新聞」ハンギョレの12年を読んだ。
1980年代、全斗煥大統領の軍事政権時、民主派の記者が大量解雇になった。それらの記者が権力や資本からの独立を掲げて、ハンギョレ新聞の発行からの12年間を綴ったもので、各種のユニークな戦いから成功するまでなので興味深く読んだ。新聞記事は日本語のネットで読める。
日本のメディア記者も読んでるとは思うが、権力と戦う姿勢は放棄されている。



貧しき人々の群れ

50年前、20歳代の頃、宮本百合子の「貧しき人びとの群れ」を読んだ。
当時の読後感や感性は、貧しき人々に単純に援助をしても意味がない。なぜ援助やカンパをするのかを社会と結びつけながら考えることが必要であると解釈をして私の人生訓としてきた。
傘寿を迎える年で読み返してみたが、そういう感性が湧いてこないし感動が湧いてこなかった。若い頃の正義感や感性が無くなってきたのかもしれないと愕然とした。



安野光雅の「旅の絵本」

安野光雅の「旅の絵本」九冊を読んだ。
訪問した英米などが、見開き20頁で頁ごとに、新しい道が続いて情景が展開される。
想像を超えたユニークさで、文章は一つもなく絵だけで展開を楽しむ大人が読む絵本という感じであった。
子供に聞かせる時には、文章がないので即興で知らせる必要があり、その都度違う内容の案内になり、子供の創造性を開発できる絵本だと思った。



宮本武蔵を読んだ

吉川英治の宮本武蔵は確か三回目だと思うが、気分転換に三ヶ月ほどかけて八巻を読んだ。
筋書きの概略や主な登場人物は覚えているが、細部までは記憶になかったので、新鮮に読むことができた。
前回読んだときの感情は忘れたが、今回は八巻目の後半はホロッとするところが多々あり、感情移入が出来てるところは悪いことではないのだが、加齢の影響かなと寂しさも味わった。



柳美里の「JR上野駅公園口」読了できず

柳美里の「JR上野駅公園口」は2020年の全米図書賞を受賞した。全米図書賞は、今年で第71回を迎えるアメリカで最も権威のある文学賞のひとつとあるので図書館に予約した。
ホームレスの生き様を取材した内容であり、二時間ほど読んだが、すぐ眠くなるほど私には興味が沸かず、途中で読むのをやめた。私も窮乏生活はしたが、リアリティさが無く、アメリカ人との生活感覚が違うと思った。
すぐさま、読了中の宮本武蔵に移った。



ぼけますからよろしく

図書館予約で半年以上の待ち時間があった「ぼけますからよろしくおねがいします」信友直子著を読んだ。
数ヶ月前にテレビで映画も見たが、感動がなかったのか内容を覚えていなかった。
認知症になった母親を父親と娘が介護する実話である。
想像では厳しく辛い認知症介護の実態とそのノウハウかなと思っていた。
冒頭でシェイクスピアの名言らしいが、”人生はクローズアップだと悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇である”との言葉どおり、辛く暗い現状を明るく描いており沈むことなく楽しく一気に読み切るなかで、認知症とは何かを会得することが出来た。



原田マハの風神雷神上下巻を読んだ

原田マハの風神雷神上下巻を読んだ。天正遣欧使節団の史実の中に、同行者として俵屋宗達を入れ込んだフィクションであるが、実に面白い小説であった。