韓国のたたかう新聞 ハンギョレ

伊藤千尋のB5版70頁の短い本だが、韓国の「たたかう新聞」ハンギョレの12年を読んだ。
1980年代、全斗煥大統領の軍事政権時、民主派の記者が大量解雇になった。それらの記者が権力や資本からの独立を掲げて、ハンギョレ新聞の発行からの12年間を綴ったもので、各種のユニークな戦いから成功するまでなので興味深く読んだ。新聞記事は日本語のネットで読める。
日本のメディア記者も読んでるとは思うが、権力と戦う姿勢は放棄されている。



貧しき人々の群れ

50年前、20歳代の頃、宮本百合子の「貧しき人びとの群れ」を読んだ。
当時の読後感や感性は、貧しき人々に単純に援助をしても意味がない。なぜ援助やカンパをするのかを社会と結びつけながら考えることが必要であると解釈をして私の人生訓としてきた。
傘寿を迎える年で読み返してみたが、そういう感性が湧いてこないし感動が湧いてこなかった。若い頃の正義感や感性が無くなってきたのかもしれないと愕然とした。



安野光雅の「旅の絵本」

安野光雅の「旅の絵本」九冊を読んだ。
訪問した英米などが、見開き20頁で頁ごとに、新しい道が続いて情景が展開される。
想像を超えたユニークさで、文章は一つもなく絵だけで展開を楽しむ大人が読む絵本という感じであった。
子供に聞かせる時には、文章がないので即興で知らせる必要があり、その都度違う内容の案内になり、子供の創造性を開発できる絵本だと思った。



宮本武蔵を読んだ

吉川英治の宮本武蔵は確か三回目だと思うが、気分転換に三ヶ月ほどかけて八巻を読んだ。
筋書きの概略や主な登場人物は覚えているが、細部までは記憶になかったので、新鮮に読むことができた。
前回読んだときの感情は忘れたが、今回は八巻目の後半はホロッとするところが多々あり、感情移入が出来てるところは悪いことではないのだが、加齢の影響かなと寂しさも味わった。



柳美里の「JR上野駅公園口」読了できず

柳美里の「JR上野駅公園口」は2020年の全米図書賞を受賞した。全米図書賞は、今年で第71回を迎えるアメリカで最も権威のある文学賞のひとつとあるので図書館に予約した。
ホームレスの生き様を取材した内容であり、二時間ほど読んだが、すぐ眠くなるほど私には興味が沸かず、途中で読むのをやめた。私も窮乏生活はしたが、リアリティさが無く、アメリカ人との生活感覚が違うと思った。
すぐさま、読了中の宮本武蔵に移った。



ウイーンニューイヤーコンサート

毎年見ているウイーンニューイヤーコンサートを、今年は今頃に成って、余裕が出来たのでゆっくりビデオの三時間を堪能した。
主催者のウイーン楽友協会は開催することを前提に、長い間検討を重ねてきたらしい。条件は無観客、演奏者は練習も含めて毎日PCR検査を実施、演奏者の間隔も今までと同じだった。
私は散歩中にヨハン・シュトラウスの楽曲もよく聴き元気をもらっているので、生演奏が聴けるなんて素晴らしいことでした。写真はテレビから



ぼけますからよろしく

図書館予約で半年以上の待ち時間があった「ぼけますからよろしくおねがいします」信友直子著を読んだ。
数ヶ月前にテレビで映画も見たが、感動がなかったのか内容を覚えていなかった。
認知症になった母親を父親と娘が介護する実話である。
想像では厳しく辛い認知症介護の実態とそのノウハウかなと思っていた。
冒頭でシェイクスピアの名言らしいが、”人生はクローズアップだと悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇である”との言葉どおり、辛く暗い現状を明るく描いており沈むことなく楽しく一気に読み切るなかで、認知症とは何かを会得することが出来た。



原田マハの風神雷神上下巻を読んだ

原田マハの風神雷神上下巻を読んだ。天正遣欧使節団の史実の中に、同行者として俵屋宗達を入れ込んだフィクションであるが、実に面白い小説であった。



私本太平記を読んだ

コロナ渦、時間つぶしに木彫りやコンピュータ将棋をやっているが、飽きてきたので長編小説に取り組もうと、吉川英治の「私本太平記」を読んだ。
二年前にやはり吉川英治の「新平家物語」は空いている時間だが三ヶ月ほどかかった。「私本太平記」は毎日読んでいたが一ヶ月かかった。読了中に青梅市の吉川英治記念館のリニューアルオープンもあり行ってきた。
古典太平記の抜粋を吉川英治風にアレンジしたものであろうが、登場人物の生き様が面白かった。



吉川英治記念館

吉川英治記念館が九月七日、民間から青梅市の運営になりリニューアルオープンした。
休館期間が10ヶ月ほどあったが、母屋の耐震化で部屋の中まで入れるようになった。
記念館に行くのに遊歩道もあります。